故大江寛人牧師著、「そこんとこよろしく」を全掲載
イエスさまを信じました。洗礼を受けることを勧められていますが、儀式ばったことに抵抗感があります。洗礼は、どうしても受けなければならないものでしょうか。
ぜひ受けてください。洗礼を受けることには3つの意味があるからです。第1に、自分のためです。私たちの信仰なんてあやふやなもので、長い人生の間には、「信仰は一時の感情だった」などという状態になってしまうかもしれません。しかしその後で、また信仰に立ち返る人がいます。結婚生活、子育て、失業、病気、どんなことが長い人生に起こってくるかわかりません。だから、「あの時には本気だった」という原点をしっかり確立しておく、それが洗礼です。
第2に、「あかし」のためです。洗礼を受けずにクリスチャンであることを証明することは難しいことですが、「洗礼を受けました」と言えば、だれでもクリスチャンだと認めてくれます。
私は信仰を持ったとき、高校2年生でした。イエスさまを信じる決心をした翌日のことです。学校に言って英語の教師で堀田先生という、クリスチャンではないのですが、その先生に、「クリスチャンになりました」と報告したものです。すると堀田先生、「洗礼を受けたんか」と聞きます。「いいえ、まだです」と言うと、「洗礼も受けていないのはクリスチャンとは認められん」と言うじゃないですか。そこで<洗礼を受ける>ことになったのです。攻撃は最良の防御なり、と言われます。誘惑に勝つためには、まずクリスチャンであるという旗印を掲げることです。
第3に、これはイエスさまのご命令です(マタイの福音書28章19節)。洗礼を受ければ、イエスさまがあなたを弟子と認めてくださるのです。イエスさまのために働き、イエスさまと共に生きることは、なんと素晴らしいことでしょうか。
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