故大江寛人牧師著、「そこんとこよろしく」を全掲載
教会の中で、とても目立つ奉仕をする人がいます。その人を見ていると、自分の働きや奉仕が小さなものに見えて、いじけそうです。どうしたらいいでしょうか。
他人のことなんか、ほっときなさい。使徒パウロが「身体全体が目であったら、どこで聞くのでしょう。」(コリント人への手紙第1、12章17節)といったでしょう。人はそれぞれに違った賜物が与えられているのです。
あなたに問われているのは、自分に与えられている賜物を十分に生かして奉仕しているかどうか、です。人生は競争です。しかも他人との競争ではなく、自分との競争です。
奉仕をするときに、自分自身に正直になりましょう。何をしたいのか、なぜしたいのかを、他人に言う必要はありませんが、自分でははっきりとわかっていなくてはなりません。「教会のあそこの汚れが気になって」と掃除を始めたり、「元看護師の経験を生かしたくて」とベビーシッターを引き受けてくれたり、人の要請を聞くことは大切ですが、あくまで自発的な動機が大切です。
また、全体との調和を考えることです。目立った働きをする人も必要ですが、目立たない奉仕をする人も大切です。地道に、息長く奉仕してくださる方が、教会にとっては一番ありがたい存在なのです。特に、裏表なく、いつも変わらずに、というのはあなたの品性の問題でしょうね。
最後に、奉仕は教会員の交わりの手段でもあります。1人でコツコツというのも尊いですが、やがて行く御国では、みんながお互いのために仕えて、それが奉仕になっている(ヨハネの黙示録、21章26節)ようですから、他の人の奉仕を支え、信仰の実りを共に喜べるような奉仕に就いてください。
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