故大江寛人牧師著、「そこんとこよろしく」を全掲載
教会生活が長くなるにつれて、いろいろな奉仕を頼まれます。人から頼まれるといやといえない性分です。最近では、礼拝する喜びより、奉仕が重荷となっています。重荷と感じるのは、信仰が浅いせいでしょうか。
信仰には、浅いとか、深いとかいうことはありません。熱心か熱心でないかの区別はあります。もし熱心でないのなら熱心になれば良いのですから、問題は簡単です。
問題は奉仕が重荷と感じられることでしょう。奉仕の種類によっては、あなたの性格や性質に合わないものがあるかもしれません。
私なんか外見は外交的で愉快そうに見えますが、実際は気の小さい内向的な男です。ですから何かの会で、司会など頼まれると困ってしまいます。いかに教会の集会の奉仕だ、といわれても、できないものはできません。
あなたにも礼拝でのご奉仕として、受付だ、献金だ、賛美指導だ、果ては司会まで回ってくるでしょうが、どうしてもできないと思ったらきちんと断りなさい。「聞くは一時の恥、聞かざるは一生の恥」という諺がありますが、「断るのは一時の勇気、断らないと一生の後悔」ということになってしまいます。
もう1つは、教会内の良い友人を作っておくことです。あなたのことをよく理解している友人は、断るときには証人になってくれますし、時にはあなたに代わって断ってくれます。さらにあなたと一緒になって奉仕を手伝ってくれるかもしれません。奉仕とは所詮、人間関係の現われなのですから。
否、むしろ、こうした人間関係を作るために奉仕があるのかもしれません。お互いの弱さを話し合い、かばい合うところから、本当の友だちが生まれてくるでしょう。そして祈り合い、支えあって教会生活をエンジョイしてください。
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