故大江寛人牧師著、「そこんとこよろしく」を全掲載
礼拝や祈祷会などで、みんなの前で代表してお祈りするのがイヤです。当てられるのではないかと思うと、時々集会出席が重荷になります。
あれはいやなものです。しかし、だれかがお祈りしないと会が進行しないのですから、あきらめて協力してください。
建前としては、お祈りは神様に向かっていう言葉で人に聞かせるものではないのですから、気楽にどうぞ、といいます。しかし、いつ終わったのか分からないような小さな声で祈ったり、あがってしまって「主の御名によって」というのを忘れたり、お祈りの言葉が途中で詰まってしまったときの時間の長いことなどなど。「司会者は、どうぞちゃんとお祈りのできる人を指名してください」と、周りで聞いている人が心の中でお祈りし始めるようでも困ります。
いちばんはっきりするのは、司会者に前もって「お祈りを当てないでください」と申し出ておくことです。順番に回ってくるのなら、隣の人に「駄目なんです」と伝えておきます。でもいつまでも「駄目です。できません」では通用しません。あなたも信仰生活が長くなればそれなりに、先輩としての責任がでてくるのですから。
ですから悪く言えば<お祈りに慣れる>、良く言えば<お祈りを学ぶ>必要があります。それは、司会者と前もって打ち合わせをして、どこで何について祈るのか聞いて準備することです。お祈りの言葉を書きましょう。そしてそれを読みます。書いて読む、これは決して恥ずかしいことでもなく、間違ったことでもありません。特に、献金の感謝のお祈りとか、開会のお祈りだとかは先輩の信徒、役員の方などに聞いて前もって準備しておくのが正しい信仰の姿勢だと思います。
最近では、お祈りの本がたくさん出版されています。参考になるでしょう。
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