故大江寛人牧師著、「そこんとこよろしく」を全掲載
礼拝を日曜日に行うのは、どうしてですか。聖書的な根拠を教えてください。また、旧約聖書の安息日は、新約の時代に入って以後、なくなったのでしょうか。
日曜日に礼拝をするのは、この日が「主の日」だからです。英語や日本語では日曜日と呼んでいますが、ラテン語系の国では「主の日」と呼んでいます。初代のクリスチャンが、主イエスが復活された日を記念して、一週の初めの日を「主の日」(黙示録1章10節)と呼んで礼拝を始めたからです。ですから日曜日に礼拝をするのではなく、礼拝をするために日曜日を作ったのです。
「日曜日に礼拝せよ」とは聖書のどこにも書いていない、と言う人がいます。私たちは主イエスを愛するがゆえに、彼が復活した日に自発的に集まるのです。強制的に集められたのなら、それは(愛の行為としての)礼拝になりません。
安息日は今も厳然と存在しています。それは土曜日です。でも、私たちはその日にすべての業を休まなければならないわけではありません。なぜなら、主イエスは「父は今に至るまで働いておられる」(ヨハネによる福音書5章17節)と言われました。
良いこと、正しいこと、神さまに喜ばれることをするために、私たちは働かねばなりません。どうぞ日曜日には礼拝だけでなく、それ以外の時間も賢く有意義に用いてください。
もちろん、安息日が定められた、その意義を理解することも大切です。神さまは私たちを安息に招いてくださっています(ヘブル人への手紙4章)。このことを土曜日を迎えるたびに思い起こし、翌日の礼拝への準備としてください。
最近は土曜日を休みとする企業が増えつつあります。単なる休日として過ごすのではなく、安息日であることを意識してお過ごしください。
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