故大江寛人牧師著、「そこんとこよろしく」を全掲載
説教がよく理解できません。私だけかと思っていましたら、ほとんどの人がそうだと聞いて驚いています。これからもずっと耐えなければならないのでしょうか。
説教は対話です。牧師1人が作って、しゃべっているものではありません。私の説教は、自慢じゃないですが、わかりやすい、と言われています。それは私がブラジルで日系二世と結婚したからでしょう。
家内は日本語の会話は何とかなりましたが説教となると難しく、そこで私は家内に理解できる話、それだけを目標に努力しました。表現はもとより論理まで、ひたすらやさしく砕きました。私の会衆は大半が二世でしたのでこの努力は大変役に立ち、おかげで日本人にも(?)わかりやすい説教、といわれるようになりました。
あなたの教会の場合も、もしかしたら牧師は、あなたがたが説教をよく理解できていないということを知らないのかもしれません。ですからあなたは、そのことを牧師に伝えることから始めたらどうでしょう。
日本の教会では、礼拝の後で説教についてコメントしてくれる信徒をあまり見かけませんが、米国の教会では必ず、「今日の説教はここがよかった」と感謝のことばをくださる方がおられます。どうぞあなたも、説教のよかったこと、あるいはわからなかったことを牧師に伝えてください。
私の教会には、私がわかりにくい説教をしますと、その日か、翌日の月曜には電話をかけてきて、「どういう意味ですか」「つまり、どうなのですか」と聞いてくる方が何人かおられます。説教の反省材料として、とても感謝しています。
また常日頃から牧師先生と接触して、あなたの生活の日常を伝えておくことも大切です。そうすると、きっとあなたにぴったりの説教が聞けるようになるでしょう。
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