故大江寛人牧師著、「そこんとこよろしく」を全掲載
あることがあって、牧師につまずきました。素晴らしい牧師だと尊敬していましたのに・・・。礼拝に出るのもいやになりました。他教会へ変わってもまた牧師のいやな面を見るのではないかと思い、クリスチャンをやめようかとも思っています。
私も牧師の1人として、耳の痛い話です。建前から言えば、人を見るな、主を見上げて、ということになるでしょう。牧師も人間です。いろいろなことがあるでしょう。そこが魅力でもあり、つまずきにもなるのですね。そんな牧師をも神さまは赦して用いておられる、この点へ目を向けることができれば文句はでないのですが・・・。
人間には相性というものがあります。「牧師は信徒を選べないが、信徒は牧師を選ぶことができる」というのを聞いたことがありました。最悪の場合は、あなたに会う牧師を探すとよいでしょう。もし他教会へ行くとしたら電話ででもよいですから、「当分休んで、他の教会へ行きます」と連絡してください。あなたが嫌っていても、牧師のほうはあなたのために祈っているのですから。
これで一件落着、とはいきません。あなたの「人をみる」という傾向が変わらないかぎり、たぶんあなたは、移った先の教会でも同じ問題で悩むことになると思います。
心理学的なことはさておいて、信仰上のカウンセリングを受ける必要があるでしょう。小さなグループに参加して、もう一度初歩から、信仰のイロハから学びなおしてください。自分自身がわかり、自分を救ってくださったイエスさまがわかるようになることが1つ。もう1つは、みんなと一緒に、牧師のためにお祈りすることができるようになるためです。牧師には人間的な難しい欠点があるかもしれません。しかしそれでも神さまは用いておられ、また用いていただかなければならないのですから。
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