故大江寛人牧師著、「そこんとこよろしく」を全掲載
クリスチャン家庭にも障がい児が生まれています。どうしてですか。
さまざまな要因で障がい児が生まれてくることはわかっていますが、それらの原因を取り除いても障がい児は一定の発生率をもって生まれてきます。なぜか。神さまのなさることを憶測してみるほかはありません。
私たちが生まれるとき、神さまは1人ひとりの赤ちゃんの必要をご存じでした。そしてその必要を受けられるように、それを十分に与えることのできる環境(家庭)に私たちを送ってくださいました。
もし神さまが、人の愛を特別必要とする存在をこの世に送ろうとされるときに、どんな形式を使われるでしょうか。私はそれが「障害」だと思います。いろいろな障がいは生まれつきだけでなく、生涯の途上で与えられることもあります。それは神さまがその人に必要なもの(本人にも、周りの人にもわからないでしょう。もしかしたら、人の愛かもしれません)、それを得る手段として与えられたのでしょう。
ですから、障がいは周りの人たちへの神さまのメッセージでもあります。その家族、その友人、隣人たちは、障がい者が必要とするものを与えることのできる者として選ばれた人たちです。
障がいが与えられることは、本人はもちろんですが周りの人たちにとって大変なことです。しかし、それによって私たちの間に新しい連帯が生まれます。それが神さまの目的なのでしょう。
いずれにしても、神さまのご計画を厳粛に受け止めねばなりません。
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