故大江寛人牧師著、「そこんとこよろしく」を全掲載
主人の母がやかましい人で、仏壇の掃除、お供花、お勤めなどで、「ご先祖さまを大切にしない嫁だ」と散散に言われます。主人も母親のほうに付いてうるさく言います。仏壇を拝んでもいいですか。
私は二つの原則を立てています。
一つは、「自分を尊敬してほしかったら、相手を尊敬してあげる」ことです。お姑さんの信仰を認め、その信仰を援助してあげる。仏壇を家具の一種だと思えば、掃除もお供えもできると思います。仏壇の前に座れと言われれば、座ることです。そして「おかあさまの信心のためにする」ということを嫌味にならないように、さりげなく口にして伝えましょう。
もう一つは、「拒否でなく、参加で表明する」ことです。主婦の生活は忙しいと思いますが、朝ご主人を送り出してからきちんと机に向かって座り(ここは少々芝居がかったほうが効果的ですし、あなたの信仰のためにもいいでしょう)、聖書を開いて読み、お祈りの時を持ちます。聞かれたら、「これが私たちのご先祖さま供養のやり方なのです」と言ってください。もしその時間にゴタゴタ言うようでしたら、「ご先祖さまの供養の時間ですからあとにしてください」と断ったらいいのです。
普通の生活の中で信仰の証し(表現)をするのは、特に主婦としては大変だと思います。何か形にする以外にはありません。彼らの仏壇だって形式として拝んでいるだけで、あの中にご先祖さまがいるとはだれも思っていないのです。ただどちらを向いて座ればよいのかわからないから、仏壇に向かっているのです。私たちもそれに対抗するために聖書に向かって、一人ででも家庭礼拝を始めましょう。これが証しとなり、ひいては伝道となっていくのです。柳に風と受け流しつつ、たくましく生きてください。
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