故大江寛人牧師著、「そこんとこよろしく」を全掲載
つい最近、肉親が召されました。天国に行ったことはわかっているのですが、心情的には寂しくて仕方がありません。涙を流さない日はありません。こんな思いがするのは、私が霊的ではないからでしょうか。
人生には、卒業、進学、就職、転勤、結婚と、<別れ>が満ちています。その中でもいちばん大きな<別れ>は「死」でしょう。小さな別れにも涙を流し、寂しさを感じてきた私たちに、「死」だけは別だよ、というわけにはいきません。
例えば結婚の別れ。三つ指をついて、「お父さん、お母さん、長い間・・・」と言われますと、娘が惚れた相手でも、玉の輿でも、これで本当に幸せになったのだと納得していても、親の寂しさが消えるわけではありますまい。
どうぞ、涙を流してください。涙はこういうときのために神さまが造っておいてくださったのです。しかし、寂しさ、というものは時間が経つにつれて薄れるものです。むしろそのとき、「私は薄情なんやわ」と自分を責めるのではないか。そのほうが心配です。
けれども、<別れ>はいつも、それまで経験してきた小さな<別れ>がそうでありましたように、<新しい出発>です。召された方は主の愛のうちに安息に入られました。しかし、残されたあなたにも、新しい恵みの人生が用意されているのです。どうぞ主が、あなたのために特別に用意された生涯へ、あなたのために心配りしてくださった主の愛へ、涙の目を注ぎ、寂しさの心を向けてください。
私たちだけが泣いているのではなくて、別れた向こうの側でも泣いているのです。こちら側で新しい生活に歩みだせば、向こうの側でも涙を拭って、主の御手の中に、平安の中に安らいでくれるに違いありません。
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