故大江寛人牧師著、「そこんとこよろしく」を全掲載
デボーションって、何ですか。具体的にはどうすることでしょうか。単に聖書を読んで祈るだけではないと、ある人に言われたのですが。
黙想、つまり黙って考えることを言います。昔流に言えば「沈思黙想の時」とでも言いますか。一般的には聖書を読んで、賛美して、お祈りして、いわゆる個人的礼拝を指すように言われており、もちろんそれを意味していることには違いありません。しかし、もっと静かな時間を意味するように思います。この時間の目的は、神さまに礼拝を押しつけるのではなく、神さまと交わることに重点が置かれるべきだと思うからです。
昔、流行した歌に、「黙っていてもいいんだよ」というのがありました。2人が黙って座っている。でも2人の間に熱い感情が流れている。共に過ごしてきた日々に思いを馳せると、ただ感謝のみ。これからも肩寄せあい、支えあって生きていこう。
こんな思いが神さまとの間によぎるのが、デボーションの時です。
私が若いとき、カトリック関係の本で『沈黙の祈り』というのを読んでひどく感激したことがあります。お祈りというのはこちらからしゃべらなくてはいけないのか思っていましたが、神さまの方からしゃべりかけてくださるのを聞くのもお祈りだと教えられて、すっかり気に入ってしまったのです。
以来、「沈黙の祈り」が私のデボーションとなりました。こちらから言葉を出さず、心の中で過ぎた日々のことを思い起こすと感謝があふれてきます。今日のこと、これからのことに思いをめぐらすと、イエスさまと一緒という心強さがグーンと沸いてくるのです。
そこから「今日もよろしく」といって立ち上がりましょう。
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