故大江寛人牧師著、「そこんとこよろしく」を全掲載
悔い改めとは、「方向転換」の意味があると聞いています。では罪の悔い改めとは、何でしょうか。また、イエスさまを信じるときには、罪の悔い改めを必ずしなければならないのでしょうか。
悔い改めとは、罪を認め、後悔し、赦しを乞い、神に立ち返る、この四つのことをまとめて言います。
信仰はまず、自分の状態に絶望するところから始まります。何も悪いことをしていないかもしれません。しかし、神さまを拒否し、自分中心に生きてきたことを、神さまとの関係において、正しくなかった、すなわち「罪」と認識します。
次に、この関係が断絶している状態を、神さまが喜んでいるはずはありません。神さまが嘆いておられるのと同様に自分も嘆き、神さまとの関係を正常にして、すなわち、赦してほしいと願います。
ここで「キリストの十字架の贖い」をお話しすることになるのですが、今回は割愛しましょう。ともかく、神さまは私たちとの関係を回復するために、私たちの罪をキリストの十字架のゆえに赦してくださるのです。
そして最後に、これからの生涯を、神さまとの関係を基盤に営んでいく決心をするのです。ですから、信仰を持った、ということが、悔い改めたことの現実なのです。
また、悔い改めとは、個々の罪の表白、と言うこともできます。信仰を持ってから後に出てくる生活の中での出来事を、個々に神さまとの関係の中で見直す作業、を指すこともあります。これは当分の間、たぶん死ぬまで続く作業でしょう。
本質的に、この世的な生活から離れ、神さま中心の生活になる、あなたの言われるとおり「方向転換」することが「悔い改め」です。
↑PAGE TOP