故大江寛人牧師著、「そこんとこよろしく」を全掲載
とっさに嘘をついてしまったことがあるのですが、その人に告白しないといけないのでしょうか。その人は忘れていると思います。神さまの前に告白するだけでは不十分なのでしょうか。
自分を正確に表現する、これは信仰者として大切なことです。世間では、相手に合わせて自分を幾通りにも使い分けますが、神さまとの関係を第一にする私たちにはそれは許されません。家族、友人、知人などとのこの世的関係も、本質的には神さまとの関係が私たちの目に現れてきたもの(マタイの福音書25章31節〜46節)と考えることができます。
罪が神さまとの関係だけを壊したものなら、神さまにお詫びするだけでよいのかもしれません。でも、人間関係を壊した、または壊す恐れのあるときには、相手の人にもその原因を通告して、以後の人間関係に齟齬のないようにしておかねばなりません。
相手があなたの嘘を忘れていたとしても、その嘘を真実だと誤解したことによって、あなたへの評価、第三者への行動が決定されることは十分に考えられるのですから。そのことを、昔の人は「一犬嘘に吠ゆれば、万犬実を伝う」と言いました。
もし、あなたが間違った情報を(そのときは正しいものと信じて)伝達したときには、後で、訂正するとしても、こんなにこだわらないはずです。しかし、嘘は自分の自我的欲望を原因としていますので、後ろめたさもあって平静に対処できないのでしょう。
今日、私たちが構成している社会の根幹は、「正確な情報を迅速に」ということにかかっています。人間関係のミスは許されません。まして神さまとの関係を基本として生きている私たちに、今いちばん求められるのは、謙虚さ、すなわち人に対して悔い改めることができる勇気ではないでしょうか。祈って、イエスさまに助けていただいて、良い人間関係を築いていきましょう。
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