故大江寛人牧師著、「そこんとこよろしく」を全掲載
「きよめ」という言葉をときどき耳にしますが、どういう意味でしょうか。「きよめられた状態」は、どうやったらわかるのでしょうか。
「きよめ」というのは、「罪のなくなった状態」「聖霊に満たされた状態」「聖霊に自我を明け渡した状態」などと表現されます。教派によって少しずつニュアンスが違いますから、あなたの教会ではどう考えているのか、牧師に聞いてみることです。
昔、「リーダーズダイジェスト」という雑誌がありました。「至言」というページがありまして、なかなかいい言葉が載せられていました。私が少年の頃の、その一つがいまの私の心を律してくれています。それは、
「[自分は謙遜だ]と思った時ほど傲慢になっている時はない」
という言葉です。だれの言葉であったか、確かに氏名は書いてあったのですが覚えていません。
きつねが虎の皮をかぶって歩いたら、みんなが恐れた、というお話をご存じでしょう。あれ以来、虎の皮をかぶって歩くことが流行したのだそうです。ついには虎自身まで「俺の皮をかぶってみたい」と思うほどだったとか。でもすぐに本物か、偽者かの区別をつける方法が発見されました。簡単なことです。足跡を見ればわかるのです。きつねが歩けはきつねの足跡、虎の皮をかぶっても、足跡は、変えられません。
「きよめ」については、教派で、あるいは神学で、いろいろ違ったことを聞くかもしれませんが、あなたの生涯を決めるのは主です。私たちに与えられているのは、黙々と現時点を主に従って歩み、「主を愛し、隣人を愛する」(マルコ12:33)生活をすることです。
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