故大江寛人牧師著、「そこんとこよろしく」を全掲載
新約時代である現代は、十戒を守らなくてもいいのでしょうか。
当然です。あれは、イスラエルに与えられた戒律です。私たちには関係ありません。
しかし、ではなぜ私たちは旧約聖書(その中に律法が書かれているのですが)を持っているのか、と思うでしょう。それは、私たちが神さまを知るのに旧約聖書が必要だからです。
旧約聖書を学ぶことによって、神さまはどんなお方であり、何をなさる方であり、何を考えておられるのかがわかります。
神さまは、創造された人間を愛して、背いていく人間のために救いを用意してくださいました。そのために一つの民族を選び、時を定め、預言を与え、希望を持って待ち望むように導かれたのです。そして、神さまはその民族、イルラエルに十戒をはじめたくさんの戒律を与えられました。いまでもその戒律は素晴らしいものですし、私たちが神さまを知ろうとするなら、学ばなければならないものです。
しかしもう一面から言えば、イエス・キリストの来臨によって旧約聖書の目的は達成されました。いま私たちは、イエス・キリストによる新しい秩序の中に生きています。旧約聖書の役目は終わりました。(ガラテヤの信徒への手紙 3章24〜25節)
いまは、イエスさまによって与えられた戒め(ヨハネによる福音書15章12節)のみが私たちの掟です。そして有り難いことには、この新しい掟はその中に、旧い戒律(十戒など)を消化吸収していることに気づかされます。
戒律の順守ではなく理解に心がけ、イエスさまの恵みによる、律法よりの自由を守って、再び奴隷のくびきにつながれないよう(ガラテヤの信徒への手紙5章1節)注意しましょう。
↑PAGE TOP