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キリスト教QandA QandA

故大江寛人牧師著、「そこんとこよろしく」を全掲載

教会生活編
Q1:洗礼の意味と意義
Q2:洗礼による差別
Q3:日曜礼拝の根拠
Q4:1人で礼拝がしたい
Q5:日曜出勤になった
Q6:日曜日のクラブ活動
Q7:他教会の礼拝に出席
Q8:説教がわからない
Q9:牧師につまずいた
Q10:献金は義務か
Q11:聖餐式の意義
Q12:劇的な救いの証
Q13:賜物と才能の違い
Q14:奉仕と競争意識
Q15:奉仕が重荷に
Q16:代表の祈りがイヤ
日常生活編
Q1:デボーション
Q2:臨在は感じるものか
Q3:なぜ祈るのか
Q4:聖書の読み方
Q5:愛せない思い
Q6:悪習慣がある
Q7:献身(けんしん)したい
Q8:女性の献身
Q9:献身って何
Q10:証し(あかし)になる
Q11:運命の赤い糸
Q12:未信者との結婚
Q13:職場の人を好きに
Q14:過去の告白
Q15:離婚と再婚
Q16:独身主義
Q17:望まない子を
Q18:病気と神のみこころ
Q19:障がいと神の目的
Q20:焼香の是非
Q21:嫁の立場と仏壇
Q22:別離の寂しさ
Q23:仕事の善し悪し
Q24:趣味の問題
Q25:召しとは
聖書・教理編
Q1:感動が薄れた
Q2:三位一体(さんみいったい)の神
Q3:二種類のクリスチャン
Q4:御国を受け継ぐ
Q5:聖霊に満たされる
Q6:悔い改め
Q7:罪の告白
Q8:罪のゆるしとつぐない
Q9:きよめの意味
Q10:終末に生きる
Q11:新約時代と十戒
Q12:委ねるとは
Q13:みこころ(御心)
Q14:教えの実践
Q15:山上の教え
Q16:サタンの存在
Q17:いつも喜んでいる
Q18:罪意識が増した
Q19:戦争と神の愛
Q20:一夫一婦制
Q21:福音を聞かずに・・・
Q22:どれが本当の聖書?

聖書・教理編

Q15:山上の教え

 「情欲をいだいて女を見る者は、心の中で姦淫を犯した」とありますが、これが罪なら、僕は毎日罪を犯していることになります。僕はだめなクリスチャンでしょうか。

 聖書は信仰と生活の規範です。この「規範」を「到達すべき目標」の意味に解釈してはいませんか。そうすると聖書は律法の集まりになり、信仰生活は努力、努力の積み重ねになってしまいます。
 「規範」の意味はプラスに働くのではなく、マイナスを明らかにする基準、すなわち聖書に照らして、「ああ、これも駄目、あれもできていなかった」と、私たちの罪人であること、その不完全さを暴くように働く基準のこと、ではないかと思います。
 こうしてみると、私たちの中で、聖書に照らしてみて、「完全だ」と言える人はだれもいなくなります。まさに、「義人はいない。ひとりもいない」(ローマの信徒への手紙3章10節)と書いてあることが明らかになるのです。こんな、私やあなたのような罪人を救うために、「キリスト・イエスはこの世に来られた」(テモテへの手紙第1、1章15節)のです。そして、罪が明らかになればなるほど、恵みも確かなものになる(ローマの信徒への手紙 5章20節)わけですから、私たちは慰められます。
 「情欲をいだいて女を見る」と言われますか。素晴らしいことだと思います。ある場合、これは人間の、特に若者の正常な状態ということができます。もし、若くても性的衝動を内部に感じることがなかったならば、私たちは、結婚をし、子どもを産むという行為ができないかもしれません。ですから、これらの衝動は神さまからの特別な恵み、を考えることができます。そこで使徒パウロは、この恵みをきちんとコントロールするようにと(コリントの信徒への手紙 第1、7章)勧めています。
 問題なのは、これを真面目に取り扱おうとせず、遊びにしてしまう人たちです。イエスさまはここで、そのような人たちを告発しているのでしょう。

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