故大江寛人牧師著、「そこんとこよろしく」を全掲載
クリスチャンになってからのほうが、心の中に罪意識を感じることが多くなっています。私は異常でしょうか。
罪を罪と思わないのがノンクリスチャンの特徴なのですから、罪を感じるようになった、ということは、あなたが本物のクリスチャンになってきた証拠でしょう。罪を認めたら悔い改めて、イエスさまに赦していただきましょう。
ここで気になることは、悔い改めが多ければ立派なクリスチャンなのか、ということです。世の中には、そうした「懺悔、懺悔、」を、信仰深いと見る人がいます。また自分でも、そのほうが信心深いような感じがするのです。
私たちは、確かに罪に対して敏感になり、そのつど悔い改めますが、それが悔い改めのための悔い改めであったりして、単なる自己満足、自己憐憫にすぎないことがあるかもしれません。
取税人ザアカイは初めから悪人だった、と言う人もいますが、彼が「また、だれからでも、私がだまし取った物」(ルカによる福音書19章8節)があるならば、と言ったのは、彼には正しい取税行為をしてきたという自信があったからです。しかし、もしかしたら、過ちがあったかもしれません。彼はそれを素直に認めることによって、イエスさまとの間に良い関係を作り出そうとしたのでしょう。
神さまは、この認罪と悔い改めをさせるために、私たちをクリスチャンにしたのではありません。むしろ神さまは、悔い改めを早く卒業して、成熟したクリスチャンになるようにと願っておられるのです。
どうぞ毎日を、イエスさまと共にいる生活をして、その中で感じた罪意識も、悔い改めができたことも感謝しつつ、明るいクリスチャンになってください。
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